August 8,1987
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ケヴィン・コスナーは今では知らない人はいないくらい有名になったけど、僕が『ファンダンゴ』(1984)で初めて彼を見た時はまだ無名でした。『ファンダンゴ』は非常に良くできた青春もので、当時29歳だったケヴィン・コスナーに大学生の役をやらせたのはちょっと無理があったかもしれないけれど、この時の彼がとても好きでした。無責任で、だけど心の奥底ではナイーヴな青年を好演していた。一度この映画のヴィデオは廃盤になったのだけれど、最近廉価版がワーナーから発売されたので、店頭で見つけてすぐに買ってしまいました。ベトナム戦争の影が忍び寄る1970年代のアメリカが舞台の、大学生たち5人の友情と愛をめぐるとても切ない映画です。まだ見ていない人は、ぜひ一見をお奨めします。僕のもう1つのHP、「インド身辺雑記」(http://www3.plala.or.jp/AKIO-KASHIWAGI/)の冒頭でも、この映画の中のセリフを使わせていただきました。「あてどない旅は、若者の特権だ」という意味のセリフです。英語でどう表現されているのか、気になる人はぜひアクセスしてみて下さい(自己宣伝で申し訳ないです)。
この映画には、あの『タイタニック』にも出演していた(おばあちゃんになったローズの孫娘の役です)スージー・エイミスも出ていて、『タイタニック』の時とは違うまだ若くて美しい彼女の姿が見れます。もしかしたら僕はスージー・エイミスにもファン・レターを出したかもしれない。でも、返事は来なかった。ところで、どうでもいいことだけどスージー・エイミスは、ジェームズ・キャメロン監督と良い仲になってしまったみたいですね。しかし、ホントにどうでもいいことだな、これは。
調べてみて分かったのだけれど、ケヴィン・コスナーは『ラブ IN ニューヨーク』(1982)にも出演しているのですね。僕は全然気がつきませんでした。たぶんものすごいチョイ役なんだろうけれど、シェリー・ロングも見たいし、やはりもう1度ヴィデオを借りてきた方が良さそうだ。
で、『ファンダンゴ』を観た後すぐにファン・レターを出したはず。けれど、返信の日付けを見ると、返事が来るまでに相当時間がかかったようですね。とにかく送られてきたのが左上の写真。これはおそらく『シルバラード』(1985)の頃のものでしょう。『シルバラード』はずっとあとになってテレビで見ましたが、西部劇の苦手な僕にとってもなかなか面白かったです。
右上の手紙はその時同封されていたものですが、ここには「『アンタッチャブル』と『追いつめられて』をお楽しみに」という趣旨のことが書いてあります。これはどちらも1987年の作品ですが、なかなか良かったですね。とくに『追いつめられて』は、ラストがちょっととってつけたようで嫌だったけれど、僕の大好きな超美人女優ショーン・ヤングの魅力はもうすごかったです。
そうそう、忘れてましたけど、この前の年に『世にも不思議なアメージング・ストーリー』(1986)の第1話に出演してました。これはスピルバーグの製作・監督作品だったので、劇場で観てきましたが、まあまあいちおう退屈しないで観ていられるかな、って程度です。
その後『さよならゲーム』(1988)──共演はスーザン・サランドン。僕はこの女優が大好きなんですよね。『ぼくの美しい人だから』とか、『デッドマン・ウォーキング』とかね──、『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)──この映画はファンタスティックで好き嫌いが別れると思うけど、僕はけっこう好きですね。『ストリート・オブ・ファイヤー』で女兵士を演じたエイミー・マディガンが普通の主婦を演じていて、これもなかなか悪くなかった──と好調に映画出演を続け、日本での人気もうなぎ上りだった。たぶんこの頃手紙を書いてももはや返事は来なかったことでしょう。
そして初監督・主演作品『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990)年で彼の人気はピークに達する。これは長い映画だったけれど、非常に面白く、そして美しい映画だった。やっぱり映画は基本的に面白くなきゃダメですよね、長くても短くても。この作品で彼はアカデミー主演男優賞と監督賞にノミネートされ、監督賞を受賞する。この頃が彼の人生の絶頂期だったのではないか、と僕は思っている。そのあとの凋落ぶりは目を覆うばかりだ。
とはいっても『JFK』(1991)や『ロビン・フッド』(1991)あたりまではまだいい。問題はそのあとだ。『ボディーガード』(1992)は、いちおうは日本でもヒットしたかのように見えた。しかし、クサい。あまりにもクサ過ぎる。僕はもうこの時すでにひいていた。レンタル・ヴィデオ・ショップのAVコーナーで、『ボディハード』というパロディ・エロヴィデオを見つけた時は、全身の力が抜けてしまった。まあケヴィン・コスナーとは直接関係はないけど。そしてあの『パーフェクト・ワールド』(1993)。クリント・イーストウッドのページにも書いたが、彼のあのダボッとした腹を見た瞬間、正直がっかりした。『ファンダンゴ』の頃の精悍な青年だった彼はいったいどこに行ってしまったのか? きっと『ダンス・ウィズ・ウルブズ』での成功後、すっかり酒池肉林の快楽に耽っていたに違いない。初期からのファンとしては実に残念だった。
『ワイアット・アープ』(1994)と『8月のメモワール』(1995)については未見なので何も言えない。
そしてあの超駄作映画、『ウォーターワールド』(1995)。これはヴィデオで見たが、詰まらん。実に詰まらん。金をかけた割には、どうしようもない作品になっていたので、怒りを通り越して哀しくなった。どうしてあの『ファンダンゴ』を創ったケヴィン・レイノルズ監督とケヴィン・コスナーが再びコンビを組んだというのに、こんな駄作になってしまったのだ? 莫大な制作費をかけたにもかかわらず、日本、アメリカはおろか世界中で興行的に失敗したらしい。「制作費の大半はケヴィン・コスナーの頭の薄さをカヴァーするための、SFXの費用に使われているのだ」などと揶揄もされた。いろんな意味で、まったくひどい作品だった。
それからも、『ティン・カップ』(1996)、『ポストマン』(1997)、『メッセージ・イン・ア・ボトル』(1999)と、映画出演は続いているが、それらの作品についてもどうもあまり良い噂を聞かない。が、彼にはぜひ頑張って欲しい。まだまだ映画に対する情熱は失っていないように、僕には感じられるのだ。